父母会の設立の歩み                                          

  平成9年に1度チャレンジ

 * 増田先生より話がありチャレンジする。
      私が吹奏楽経験者ということで、体制の整わない吹奏楽部に協力して
     ほしいと要請あり。
  (父母会を設立すべく、新年度保護者説明会の後保護者だけ残り話し合いを持つ。)

 このときは、話がまとめきれず立ち消えとなる。

  
平成10年度 再挑戦

*増田先生より再度相談を持ちかけられ、批判覚悟で私が音頭をとり9年度協力を申し出てくれた。山崎さん、西尾さん鈴木さん、松浦さん、朝原さん、が発起人となるべく相談を始めた。

〔1〕 5月はじめに相談を始め、新入生の保護者の役員候補を集め、個人的に依頼して、内諾を得る。設立準備委員会を5月に発足させ、設立総会を7月開催すべく準備を始める。

 父母会を設立させる最も大きな理由は、資金難であった。子供達たちの使う楽器が学校には、揃っていなかった。コンクールにでるのにも、他校の楽器を借りてこなければならなかった。個人でもてる楽器は、保護者に買っていただいたが個人でもてない楽器が数多くあった。

 練習に対する保護者の理解を得る必要もあった。小笠地域は、吹奏楽レベルが浜松地域と比べ低かった。又理解もされていなかった。そのため、くすぶっていた保護者の不満のはけ口を父母会にしようと考えた。不安や、不満を保護者会で吐き出すことで、保護者一人一人が孤立した状態ではなく、同じ思いを共有する仲間だと意識してもらい、落ち着いた対応をとれる環境を作る必要があった。全国でも屈指のハイレベルにある西部地区に肩を並べるためには無理をしなければならなかった。

 特に1年次生の保護者は内容がわからないため、3年間経験してきた保護者からのアドバイスが必要だと考えた。(3年生の親になるとここまでやったのだから親としても子供を褒めてあげたいという思いが強く、大会や各演奏会の思い入れが変わってくる。子供達の精神的な成長を目のあたりにしているので積極的に協力してくれるようになる。)

〔2〕 5月中に保護者会を開催し設立準備委員会を成立させていただいた。

          新一年生の保護者から 加藤さん、小島さん、中村さんを選出して
                  設立準備委員会をスタートさせた。

〔3〕 7月18日父母会設立総会 父母会発足 

  一番大事なことは、保護者の人がOBとなってからも協力体制がとれて、資金援助を受けやすくすることであった。一番非難を受けやすいのは資金面であり、お金がかからなくなることで保護者の人達に協力しやすい環境を整えることにあった。
 保護者が一丸となって協力体制をとることにより、2万人を越す同窓会員からの協力を得やすくするとともに、吹奏楽部の後援会組織の樹立を目指した(農校時代からのOBに積極的に協力を依頼する)資金援助や、側面からのバックアップできる環境を早く確立しないと、急激に成長した吹奏楽部を維持することが大変になることが予想された。
 中学の部活動と、高校の部活動の違いは、親が活動自体に関与しないことにある。あくまでも子供達が主体であり親はそれにくっついて楽しむ以外にない。しかし、自分たちの子供達だけいい思いをして、次の世代のことまで考えないのはあまりにも身勝手だと当時のメンバーは考えて行動をした。父母会として子供達にしてやれることは、せめて保護者の中から活動に対して批判する人がいなくなるようにしてあげることだ。その環境づくりが父母会発足の最大の使命であると考えていた。
 発足に当たっては、浜商の父母会や、浜松工業、江ノ島高校等、この波を乗り越えてきた高校の父母会を参考に、小笠高校独自の組織運営を考えて規約を作った。長所、短所を分析し他にない父母会の運営を目指してきた。今、他の高校の父母会より小笠高校の父母会は注目されている。独自の運営方針をとってきた組織のアイデアを試されている。浜商の父兄からは、今一番大変なときだといろいろアドバイスをいただいた。今転換期を迎えていることは間違いないが、目的は子供達のために親がどう楽しんで協力していくかと言うことだと思う。そして、子供達が卒業してもいつでも協力できるという気持ちを残していくことだと思う。

 

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